友人となったとき、次のような関係が維持されていると言える。相手を自分よりも尊重する。相手を愛する。しかし、自分自身を愛するほどではない。相手との交際では、少なくとも親しみと温かさを持って接する。しかし、身動きが取れなくなるほどの過度な親密さには陥らない。 相手と自分を混同せず、互いの違いをよく理解しなければならない。
行き過ぎた親密な態度を見せること。あれこれを口実にして相手との親密さを得ようとし、必要以上に頻繁に連絡してくる人は、相手の信頼を得られているか全く自信を持てない人である。 すでに互いに信頼し合っている仲であれば、親密な感情に頼ることはない。 第三者の目には、むしろ無味乾燥な交際のように見える場合が多い。
親しくなれば相手の個人的な領域にまでズカズカと足を踏み入れてもよいと考えるような人間とは、決して交際してはならない。そのような人は、家族のように付き合うということを口実に、結局は相手を自分の支配下、影響下に置こうとするからだ。 交友関係においても、互いを混同しない注意と配慮は重要である。 それができなければ、友として付き合うことはできない。
常に敏感で鋭敏である必要はない。特に人との交際においては、相手のどのような行為や思考の動機をすでに把握していたとしても、知らないふりをして行動する一種の「偽りの鈍感さ」が必要である。言葉は可能な限り好意的に解釈すべきであり、相手を大切な人であるかのように接しつつも、決してこちらが一方的に配慮しているようには見せないことだ。 まるで相手よりも鈍い感覚を持っているかのように振る舞うこと。これが社交の要領であり、人に対する慰めでもある。
- 『ニーチェの言葉』より抜粋 -